巨匠、逝く

建築が好きなもので、大きなNEWSでした。

磯崎新先生とは対照的な、サラブレッド。
日本でより、世界で名を知られる建築家でした。
旅先のシンガポールでも、現地の人がお話になるほど、日本人として名を知られておいででした。

     

作風は派手な作品が多い気がします。
生き方にも表れておいでなのですね。
奥様の若尾文子さんに見取られて本当にお幸せであったでしょうね。
最後のお言葉を読んで、ウルッときました。
最近の選挙戦でも、パワフルな方であると再認識しておりましたが、こんなに早く。

謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

■黒川紀章氏=建築家(読売新聞 – 10月12日 23:43)

愛知県海部郡蟹江町に生まれる。

1953年、東海高校卒業。1957年、京都大学工学部建築学科卒業。1964年、東京大学大学院建築学科専攻博士課程修了。槇文彦、磯崎新、谷口吉生らと共に、丹下健三の門下生(丹下研究室出身)の建築家である。1960年代に建築理論メタボリズムを構築し、これに基づいた増築・取替えの可能な建築として中銀カプセルタワービルなどを設計した。他の丹下研究室出身の建築家と同様、“都市”について意識的な建築家である。実際、カザフスタン新首都計画なども手がけていた。ポンピドゥ・センターコンペではドミノ1971を提案し、大阪府立国際会議場ではスーパードミノ2000を提案した(GA JAPAN 44)。

1983年にテレビ番組での共演をきっかけに若尾文子と結婚。その時の口説き文句は「君の美しさはバロックだ」。