ショパンのスタッカート

 

 三田のお店に行ってきました。

 

 

 

 

すっかり夏の日差しで、クルマで走ると窓を開けたほうがさわやかだ。三田のメンバーもすごく元気。若さの素晴らしさを見せつけられる。負けずに頑張らねば。家の中を、断捨離していますと昔に書いた文章が出てきました。雑誌に掲載されたもの。よろしければ、以下、読んでみてください。

 

 

 

                 ■ □ ■

 

次の角を曲がると、幸運が待っているなんてそうそうはない。

 

 

 

最近、どうも夫の様子がおかしい。帰宅時間が以前より遅くなっている。その代わりか判で押したようにピタリと同じ時間に玄関から帰宅のチャイムが鳴る。会話もないままに、夕食後は自分の部屋に引きこもる。そこで寝てしまうことしばしばだ。爪の手入れも怠らない。直感で女の存在を感じた。仕事を早く切り上げ、どこか別の場所へ、頻繁に通っている。そんな気がしてならない。

 

結婚して23年。家電メーカーで開発を担当する夫の隆は、理科系なのに頑固で不器用。言葉は悪いが、俗にいうオタクの気があるというところか。会話も少なくなり、お互いを干渉し合わなくなっていた。

 

手塩にかけて育てた一人娘の美咲が、教育大学を卒業し、隣町の小学校に就職して1年。学生時代から付き合っていた先輩の理と結婚が決まった。大学の教授を父に持ち、厳格な家庭に育った反動か、理は1流企業の商社マンで、サッカーが得意なスポーツマン。美咲には過ぎた相手かもしれない。

 

ようやく家のローンも終わりが見えてきて、次の人生が始まろうとする矢先。外に女を作るなんて夫にそんな器用なマネができるわけがないとタカをくくっていた。

 

「もしそうなら、熟年離婚だわ」

 

学生時代からの友人の佐和子と、よくランチで使っているカフェでつぶやいた。もちろん、二度ほどあたりを見渡し、知り合いの顔が見えないのを確かめたあとにかすれた声で。佐和子には、若いころに離婚経験がある。現在は再婚して、夫婦円満らしく友人の中では相談する相手にはピッタリである。

 

「そんなに気になるんなら、、はっきりしちゃえばいいんじゃない」

 

さばさばした性格の佐和子は、飲み干したカフェオレのカップを置いて、浮かない顔の私にさらりといってのけた。

 

「今度の金曜日、会社から尾行してみたら」

 

                ■ □ ■ 

 

ベージュのレインコート、手提げかばんで背中を丸めて10mほど先を歩く夫、隆の背中がやけにうれしそうに感じる。金曜日の浮かれた人並みを、手馴れた感じですいすいと進んでいく。腕時計に目をやると、このところの帰宅時間よりかなり早く会社を出ている。対決の場面を想定して、この日のために美容院に行ってきた。毛先をカールして、髪の色も少し明るくして、メイクも華やかに自分でも見間違えるほどだ。流行のワンピースに、ピンヒールを履いて、ペディキュアも。これで、急に振り返っても、気づかれることはないだろう。見知らぬ駅で下車する際に、たくさんの人波に押されて、かなり距離が開いてしまう。前に酒場に向かうのか、サラリーマンが溢れていて、なかなか前に行けない。地上に出るエスカレーターにたどり着いたとき、隆はすでに降りようとしていた。

 

切符が見つからない。焦る気持ちをおさえながら、人波をさけて歩道を急ぐ。見覚えのある癖毛のヘアスタイルが、百貨店のアーケードの向こうに見えた。こんなときに限って、ヒールの高い靴を履いてきた自分をなじった。よろけながら前に進む。夕闇迫る商店街の照明が、見慣れた理の横顔を照らす。息が切れる。汗ばむ手でもったハンドバックが邪魔だ。

 

突然、隆が尾行に気づいたごとくに足を速めた。20m先の角を右に曲がった。小走りで、続いて右に曲がる。

 

「いない」

 

周りを見回す。通りを渡る。どこにもいない。月の出ている空を仰いだ。振り返り、向かいのビルのガラスの向こうにベージュのコートを脱ぎながら、分厚いドアに吸い込まれていく隆の後姿が目に飛び込んできた。そこは、派手な色のギターがたくさん並ぶ楽器店だった。

 

                ■ □ ■ 

 

「それでは、つぎに幼少のころから大学時代まで続けてこられ、コンテストでも入賞経験をおもちのバイオリニストの演奏をお聴き願います。新婦の美咲様が、皆さまに心をこめてお贈りします。曲は、ショパンのピアノコンチェルト。新婦のお父様が、この日のために何ヶ月も前から練習を重ねてこられたとお聞きしています。新婦とともに、素晴らしいピアノ演奏をご披露願いましょう。みなさま、拍手をお願いいたします」司会の女性が、ソプラノの弾むような声で、歌うように告げた。

 

拍手のあと、一瞬の静寂の中で、隆の手がかすかに震えているのを私は見逃さなかった。美咲は当然ながら、理の横顔には充実したよろこびが満ち溢れている。

 

あの日の帰り道、並んで歩く隆が言った。「ショパンのスタッカートはね、短く、鋭く、跳ねる、強調という意味はないんだ。ショパンのスタッカートはね、どんな曲に出てくるときも優しく、フワッとなんだ」音楽には無縁のはずの理のせりふとは思えなかった。娘を嫁に出す寂しさを、ピアノで紛らわせていたのだろう。ショパンのスタッカートを無視して、何年かぶりに強く、強く隆の手を握った。

 

「そうそうはないけど、たまにはある」そうつぶやきながら。

 

 

 

ナショナルストーリープロジェクト「嘘のような本当の話」の第二巻がついに出ました。今回、ゲストの書き手が作品を寄せられています。横尾忠則さんや、田原総一郎さん、山崎ナオコーラさんなどなど。われらが内田樹先生が前書きにて、短編の肝は2つあるとおっしゃっておられます。


ひとつは「奇妙な後味」を残すこと。もうひとつは「そういうことってあるよね」感を残すこと。さすがに、どれを読んでも納得。うちのサロンのお客様、F山くんの作品も数点掲載されています。書店にお立ち寄りの際には、ぜひ手に取ってごらんになってください。

 

 

 

 

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